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沖縄と核(沖縄本土復帰50年に寄せて)

更新日:2023年5月1日

沖縄に静かに思いを寄せようと、改めて『沖縄と核』(NHK, 2017)を観ました。

本土復帰前の沖縄に秘密裏に核兵器がおかれ、何度も核爆発寸前の事故に至ったことを明らかにしたドキュメンタリーです。

アイゼンハワーが大統領に就任し、沖縄に核を配備することを決定しました。1960年代、アメリカ軍の最前線基地で、広島原爆の70倍の威力を持つ核ミサイルが配備され、極秘裏に、ピーク時には1300発が存在していました(驚くべき数です。)朝鮮半島や緊張が高まり、沖縄は「極東最大の核拠点」と化しました。

米軍は、共産圏の核開発の進行を受け、ナイキ・ハーキュリーズ(敵のミサイルを打ち墜とす迎撃用核ミサイル)の配備を決めます。嘉手納などの弾薬庫を囲むように8基を設置。核によって核を守る体制によって、基地が拡大していったのです。 1959年には、アクシデントでこの「ナイキ」が誤って点火し、核弾頭を搭載したまま、海中に突っ込みました。兵士が1人死亡。極秘とされました。

また、米ソ冷戦では、沖縄の核ミサイルの表示は「HOT」。つまり、即時発射可能な状態。当時の兵士は「(沖縄は核による報復を受け、)壊滅し、家族には2度と会えないと思った」と証言しています。


伊江島では、住民から接収した土地で核爆弾投下の模擬訓練(LABS)を繰り返していた。住民を巻き込んだ事故も多発。

しかし、日本政府はそれらを黙認し、核持ち込みの事前協議については、「沖縄は含まない」としました。その後、基地は拡大していき、現在に至ります。

核兵器を持つ、核に依存した安保政策とは、要はこういうことなんだと思います。

「核」の存在こそが、沖縄への米軍基地集中をもたらす要因でもあったのです。だから、核兵器は禁止し、廃絶することが必要だと思うのです。そのための議論をし、行動をすることは、真摯に、沖縄や基地問題と向き合うことでもあると思うから。

沖縄は、核兵器がもたらす「過去」であり、「現在」であり、そして「未来」なのだと思います。



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